デザイナーズ家具【ユーデザイナーズ】

エーロ・サーリネン

エーロ・サーリネン

Eero Saarinen

エーロ・サーリネン

( 1910-1961 )
アメリカ

ハーマンミラー社のデザインディレタターを約20年間務めたフィンランド出身の建築家であり、プロダクトデザイナーです。

フィンランドの建築家であり都市計画家のエリエル・サーリネンの子としてヘルシンキで生まれ、1923年に父の仕事の関係で13歳のときにアメリカに移住します。
父が養女として迎え入れたフローレンス・ノールとは、建築や芸術のことを多く語り合った深い親交があり、後にインテリアデザイナーとしてノール(Knoll)社で活躍する彼女のデザインにも大きな影響を与えたといわれています。

アメリカに移住してからは、ミシガン州のクランブルック美術アカデミーで父のもとデザインを学びます。同校では、デザイナーであり建築家のチャールズ・イームズやレイ・イームズとの出会いがありました。
アカデミーを卒業したあと1930年に、彫刻を学ぶためにイェール大学の建築学科に入学します。建築学の学位をとって卒業して大学の奨学金をもとにヨーロッパへ2年間旅行をしました。
1937年にアメリカに戻ると父エリエルとの共同で「サーリネン&サーリネン」という建設設計事務所を設立すると、1950年に父が逝去するまえに数々の設計を手がけました。

クランブルック美術アカデミーで共に学んだチャールズ・イームズとは、1940年にニューヨーク近代美術館で開催された「オーガニック家具デザイン」のコンペに共同で作品を応募します。成型合板を使って製作した椅子や棚、そして机を出品し、6部門中2部門(うち一つはオーガニックチェア)で優勝するといった快挙を達成しています。

また、同じく1940年に親交の深い義妹のフローレンス・ノールがアメリカを代表する家具メーカー「ノール(Knoll)」に入社した彼女に依頼されたことをきっかけに、いくつものコラボレーション製品の開発に携わりました。
ノール社から発売された製品のなかには、1940年発表の「グラスホッパー・チェア」、そして1948年には彼自身の代表作となる「ウームチェア」を発表します。この椅子は、オーガニックチェアがデザインの基礎になっているといわれています。
そのほか、建築の内装や家具デザインにも尽力していた彼は、30世紀を代表する未来的で曲線美が美しい「チューリップチェアシリーズ」を生みだしています。

家具デザインのほか、建築家としての活動も華々しく、ミズリー州の記念碑「ゲートウェイ・アーチ」をはじめ、ゼネラルモーターズ技術センター、クレスゲ・オーディトリアム、MITチャーチ、さらにはニューヨークのケネディー空港TWAターミナルを設計するなど、ミッドセンチュリー期で重要な役割を果たしたアメリカを代表する巨匠として語り継がれています。

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