デザイナーズ家具【ユーデザイナーズ】

デザイナーズ家具|Designer
デザイナーズ家具|ル・コルビジェ
デザイナーズ家具|ミ―ス・ファン・デル・ローエ
デザイナーズ家具|チャールズ&レイ・イームズ
デザイナーズ家具|アルネ・ヤコブセン
デザイナーズ家具|イサム・ノグチ
デザイナーズ家具|ポール・ケアホルム
デザイナーズ家具|ヨーゼフ・ホフマン
デザイナーズ家具|ハリー・ベルトイヤ
デザイナーズ家具|ジョージ・ネルソン
デザイナーズ家具|マルセル・ブロイヤー
デザイナーズ家具|フローレンス・ノール
デザイナーズ家具|アイリーン・グレイ
デザイナーズ家具|ヴェルナー・パントン
デザイナーズ家具|エーロ・サーリネン
デザイナーズ家具|アッキーレ・カスティリオーニ
デザイナーズ家具|エーロ・アールニオ
デザイナーズ家具|ポール・M・ヴォルター
デザイナーズ家具|ピエール・ポーリン
デザイナーズ家具|ジャスパー・ホルム
デザイナーズ家具|デザイナーズその他

デザイナーズ家具|Infomation

2020.07.28
パントンチェアはデンマークのデザイナーであるバーナー・パントンによってデザインされたプラスチック製の椅子です。積み重ね可能であり片手で持ち運べる1ピースの椅子であるパントンチェアは1960年代の宇宙時代のデザインを代表するものでもあり、世界中の多くの美術館に収蔵されています。

2020.07.14
ピエール・ポーリンはフランスの家具デザイナーであり、多くの椅子のデザイナーとして有名です。彼の代表作には、オレンジスライスチェアやキノコイス、舌イス、リボンイスなど他の何かを模したものがあります。素材の感触やデザインそのものの線、そして機能性に注視して作られたこれらのデザインはその後の家具のデザインに大きな影響を与えています。

2020.07.07
ポール・ケアホルムは幅広い家具を生み出したことでも知られている家具デザイナーです。彼のデザインする家具はその表面での光の反射というものに作品の重点を置いているため金属製品に木材や皮革、竹や籐などの植物を組み合わせたものでした。彼のデザインの多くはヨーロッパや北米の美術館の常設コレクションの中に収蔵されています。

2020.06.30
エーロ・サーリネンのデザインしたデザイン家具の中には、チューリップコーヒーテーブルがあります。チューリップチェアと同じようにアルミやグラスファイバーを使用したそのデザインは、天板の木目と無彩色な脚部とのコントラストが特徴的です。デザイナーのサーリネンはジョンエフケネディ空港を設計したデザイナーとしても有名です。

2020.06.23
ミース・ファン・デル・ローエは20世紀を代表する近代建築の巨匠です。多くの建築物の他に「神は細部に宿る」という言葉でも有名でしょう。彼のデザインした家具としてバルセロナチェアがあります。これは1929年のバルセロナ博覧会のために作られた椅子で、現在も変わらぬその独特のフレームデザインは床に対して垂直や水平ではないという革新的なものとなっています。

2020.06.16
チューリップチェアはエーロ・サーリネンによってデザインされた工業デザインの古典とも言われるデザインです。それまでの家具と大きく異なるのは曲線や人工材料を使用していることです。グラスファイバーフレームを利用し、白と赤を基調としたデザインは今でも宇宙時代的なデザインでしょう。


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【ユーデザイナーズ】 ヨーゼフ・ホフマン
商品一覧
ヨーゼフ・ホフマン
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ヨーゼフ・ホフマン

Josef Franz Maria Hoffmann

ヨーゼフ・ホフマン

( 1870-1956 )
オーストリア

オーストリアの建築家でありデザイナーでもあるヨーゼフ・ホフマンは、1897年に結成されたウィーン分離派の中心メンバーの一人です。

チェコ・ピルニッツ生まれであり、ブルノの国立工芸学校に進学します。その当時に出会ったモダニズム建築で有名な建築アドルフ・ロースらと共に芸術的な基礎築いた後、ヴュルツブルクの軍事施設建設局に勤めて軍事施設の建設に携わりました。
その後は、ウィーンの造形芸術アカデミーに進学してオットー・ワーグナーワーグナーとカール・フォン・ハーゼナウアーのもとで技術を磨きあげます。

1897年には、画家グスタフ・クリムトを中心に立ち上げられた「ウィーン分離派」の中心人物の一員になります。
これまでの保守的な芸術に捉われることなく、総合芸術を志向した分離派には、絵画や彫刻、建築などに携わる若い芸術家たちが多く参加していました。分離派では他のメンバーと作製したインテリアや家具などの作品を発表し、過去の芸術を脱却した直線的なモダンニズムなデザイン、通称「スクエア・ホフマン」が加えられ、より多くの人が使える実用性の高い製品の開発に尽力します。
同じ年から翌年にかけて建設されたセセッション館(分離派会館)の内装を行いましたが、1905年には分離派を脱退しています。

分離派として活動していた1899年以降からは、30年以上にわたりウィーン芸術工芸学校で教鞭をとるなど熱心に教育活動を行っていました。
その後、分離派メンバーからの依頼により、ホーエ・ヴァルテ住宅街に建設する住宅の設計を行います。1901年に完成した二世帯住宅は、画家のカール・モルやウィーンで活躍したデザイナーのコロマン・モーザー(1903年、ウィーン工房の共同設立者)のために建てられました。1906年に建てられた「プーカースドルフのサナトリウム」は、彼が手がける最初の大作として有名です。

ホーエ・ヴァルテ住宅街に魅せられた実業家のアドルフ・ストックレーに依頼されて、1911年には有名な「ブリュッセルの別邸(ストックレー邸)」を完成させました。
直線を活かしたモダン思想のデザインが取り入れられた設計として、建築の歴史に名を残すほどの傑作としてヨーゼフ・ホフマンの代表作としてユネスコの世界遺産リスト(モダニズム建築)に登録されています。

1932年に経営難のため解散するまでのあいだ、ウィーン工房では家具のデザインをはじめ、装飾や食器、服飾、さらには庭園までデザインするなど、総合的に幅広く作品を制作しました。
そして、第2次世界大戦を経験した後にヴェニスの国際ビエンナーレのオーストリア代表をはじめ、芸術運動の委員といった公的な役職を数多く歴任しました。

登録アイテム数: 3件
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